青函トンネル

Sponsored Link

青函トンネルの具体化のきっかけとなった「洞爺丸事故」

青函トンネル

青函トンネルの着工に向けての地上、海底の調査を行っている段階の昭和29年9月26日、「洞爺丸事故」という痛ましい事故が起きました。

 

青函トンネルの無かった時代、津軽海峡を越えるには国鉄の青函連絡船を利用し、海を渡る方法がとられていました。
その日運航していたのは洞爺丸という1300人以上の乗員を乗せた青函連絡船でした。

 

その日は台風15号が接近しており、その影響で船が転覆し、死者、行方不明者が1000人を超える大きな犠牲を出す事故となりました。

 

「洞爺丸事故」は日本海難史上最大の惨劇といわれ、詳しい真相はまだわかっていないこともあります。

 

しかし、多くの命が失われたことと人々の安全に安心して津軽海峡を越えたいという思いが強まったことは確かです。
この事故をきっかけに青函トンネルの早期開通を願う運動が強まります。

 

そして、それまでは漁船を用いた海上からの行っていた海底の調査も、潜水艇「くろしお2号」により海底調査が本格化し、青函トンネルの構想は一気に具体化していきました。


Sponsored Link