青函トンネル

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青函トンネルの構想を考えた桑原弥寿雄

青函トンネル

毎日、約50本の電車が本州と北海道を行き来する青函トンネル。
その構想を考えたのは明治41年生まれの桑原弥寿雄とうい人物です。

 

青森と北海道をつなぐ青函トンネルですが、発案者である桑原弥寿雄は石川県生まれ。
東京帝国大学を卒業後、鉄道省に入省しました。
そんな鉄道マンであった桑原弥寿雄たちは、太平洋戦争の始まる以前の昭和14頃に青函トンネルの初期の構想を考えました。

 

その構想は、日本と大陸を海底トンネルでつなぎ、さらにはヨーロッパまで鉄道でつなげるといった大胆なものでした。
この、世界をつなげる計画は第二次世界大戦が激しくなる中であきらめざる負えなくなります。
しかし戦争の激化する中、再び桑原弥寿雄の思いは燃え上がります。
戦争でバラバラになった日本を鉄道で1つにつなげる計画を発案したのです。

 

戦後の日本に希望をもたらした桑原弥寿雄ですが、昭和44年に青函トンネルの完成を待たずに60歳で惜しまれながらこの世をさりました。


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